column_03

交流戦の試合の最中の20時より、
統一球問題の件についてコミッショナーの会見が行われた。

「知っていたら発表していた」
「不祥事を起こしたとは思っていない」
「辞任するつもりはない」

違和感のある言葉が並ぶ。
とても“統一球”に自分の名を刻印している人とは思えないものだった。
ボールの規格を変える。
プロ野球界において、これは大きな出来事だ。
しっかりと機能している組織であれば、トップが知らないなどあり得るはずもない。
ましてNPBは大企業のような人数を抱えている組織ではなく、連絡の不行き届きは起こる可能性は低い。
ただし“嘘”というのは知っている人間が多ければ多いほど、漏れる可能性は高くなる。
今日の会見のコミッショナーのキレ具合を見ていると、本当に知らなかったのかもしれないという印象を受けた。
そしてそれが印象でなく、真実なのであれば、昨日は辞めるべきではないと書いたが、辞任すべきだろう。

このような大事なことを知らされないトップがいる以上、同じ問題は今後も起こりうる。
また統一球問題の解決を計ろうにも、どういった流れでボールが変わることになったのかを知らなければ、調査のしようがない。
報告をしてくれない部下が、真実を語ってくれるとは思えない。
証拠が残っていたとしても、見つける前に破棄されてしまうだろうし、おそらく核心を知っている人間は、早々とNPBを去ってしまうだろう。
もうコミッショナーのできることはない。
名誉を回復したいかもしれないが、この問題を本当に知らされていなかったのであれば、その時点でトップ失格だ。

それにもし現在の地位にしがみついたとしても、いずれ引きずり降ろされるだろう。
ごく少数で動いたことが予想されるこの問題に関わったものにとって、名誉挽回しようとしている人間は迷惑以外なにものでもない。
「世論のことを考えれば、今後この問題を大きくしないために」
という当然の理論によって排除される。
あのような恥の上塗りのような会見をしてしまった以上、“知っていた”なら当然だが、“知らなかった”としても結果辞任することしか選択肢はない。

このようないずれわかるだろう単純な“嘘”の背景には、傲慢さが隠れている。
「ばれてもどうってことない」そういう開き直りが感じられる。
その嘘の核心にある“なにか”にとって、あの会見は十分満足できるものであっただろう。
コミッショナーという職ではなく、一個人の保身に徹した言葉が並んでいた。
これにより問題は“嘘”からコミッショナーへの個人的責任の方へ行きやすくなった。
それぐらい感情を逆なでするような会見だった。
もし台本を書いた人間がいるなら見事なものだ。

流されてはいけない。
知らなかったコミッショナーという人はこの問題の舞台上から消えていただき、この嘘の根っこの部分が何だったのかに集中して目を向けるべきだ。
12球団が同じ球を使っていた以上、変更されたことが問題なのではなく、“知らせなかった嘘”が核心だ。
“飾り”であることを会見で立証してしまったコミッショナーの個人的な感情などどうでもよい。
なにも知らなかった人に、なにもできることはない。


紘野涼=文


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